全く本を読んだことがない新卒が読書を始めてみるというこのブログ。
56回目は小野不由美さんの『十二国記 丕緒の鳥』について書いていきます!
十二国記シリーズ第5巻!
十二国記の世界を舞台にした4つの短編が収録されています。
読んで感想を書いていきます!
※内容に触れていますので、未読の方はご注意ください。
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小野不由美著『十二国記 丕緒の鳥』を読んでみた
全世界累計1300万部を突破している大人気ファンタジーシリーズ、「十二国記」。
本作『丕緒の鳥』はシリーズ第5巻です!
今まではひとつの国を舞台にした長編でしたが、今回は短編集。
しかも、王の側からではなく、大勢の民衆のなかのひとり、という立場から描かれています。
陽子たちが偽王を討ち、あたらしい国を始めようとしている間、民はどんな生活をしていたのか。
歴史の主人公たちの物語とはまた違った感動がありました!
あらすじ
↓今回もあらすじをまとめました!↓
国王が参列する祭祀では、取りに見立てた陶製の的を投げ上げ、これを射る儀式・射儀が執り行われる。射儀を司る官僚を勤める丕緒は、その儀式を通して王に民の苦しみを伝えようと工夫を重ねる。しかし、予王に「恐ろしい」と拒否されて以来、丕緒は射儀への意欲を失っていた。そこに新王即位の報せが入り、射儀への用意を命ぜられるが、予王によって同僚が追放された後仕事から遠ざかっていた丕緒は、何のアイデアも思いつかないでいた……。
表題作「丕緒の鳥」のあらすじです!
時系列としては、陽子が景王になってすぐの頃。
王と直接対峙することはない、というレベルの役人視点で新王朝が語られます。
今回収録されている短編4つのうち、3つが陽子が即位したばかりの景国を舞台としており、残り1つがその頃傾き始めた柳国を舞台にしています。
死刑や自然との関わりなど、リアルでも非常に重要なテーマばかりで、ファンタジーを読んでいるとは思えないほど考えさせられました。
【ネタバレ注意】読んでみた感想
今回は短編集なので、短編ごとの感想を書いていきます!
丕緒の鳥
王に謁見できるような立場ではないと分かっていながら、なんとか王に民の苦しみを伝えようと技術に魂を込める職人官僚の物語です!
傾きつつあった景国を救おうとするも、王はその技術を目の当たりにする前に崩御してしまい、続く予王にも意味は伝えられたものの、「恐ろしい」と拒否されてしまいます。
そして遂に、信頼する仲間たちの命が他でもない王によって奪われていく……。
新しく即位した景王が陽子であると知っている読者からすれば、「新しい王はそんな人じゃないよ!元気だして!」と言いたくなりますが、もちろん丕緒はそんなこと知る由もなく。
それでも、居なくなった同僚が思い描いていたものをかたちにすべく、動き出した丕緒たちは、素晴らしい射儀を完成させてくれます。
そして、職を追われることを覚悟で王の前に進み出た丕緒は、陽子に声を掛けられ……。
丕緒という名前には、「大いなる理想を受け継ぐ」という意味が込められてるんだそう。
4代にわたって愚王に仕えてきた丕緒が、それでも理想を失わずにいたからこそ、陽子にまでそれを受け継げたんですね、、、😢
落照の獄
傾きはじめた、柳国の物語。
法治国家として名高い柳国は、王の登極依頼死刑を廃止していたものの、何十人も殺してなお反省の色を見せないケダモノに、民は死刑を実行せよと求める。
そんな中で、死刑かどうかを最終的に判断する裁判官・瑛庚が主人公となり、罪人・狩獺の判決が下されるまでが描かれます。
主軸となるのは、死刑を復活させるか否か。
狩獺を死刑にせよ、という声にも理があり、死刑を復活させるな、という声にも理がある。
そんな状況で、瑛庚は家族にも死刑にせよ、と訴えられながら、国の将来のためになる判決を追い求めます。
死刑を廃止するか否かの議論はそのまま現実世界にも置き換えられるもので、自分だったらどのような結論を出すか、考えさせられました。
遺族感情や民意、更生の可能性等を考慮すると、幼い子どもも含め何十人と殺している狩獺に死刑以外の選択肢は無く、しかし死刑は復讐を代替するものではなく、犯罪の抑止にもならない。
豺虎という言葉は、理解し難い罪人を人以外のものに貶める言葉だ。人以下だと切り捨ててしまえば、罪人を教化することは叶わない
人を殺したから、その人を殺してもいいのか。
人間の本性や誤審の可能性など、死刑に関して聞いたことのある論点はひと通り語られても、答えは出ません。
一応私は法学部出身なので死刑問題等も触れてきたのですが、それでも「落照の獄」のような場合、どのような結論を下すべきなのか、全く見えませんでした。
ラストシーン、瑛庚たちの「敗北」としか言えない結論に、それでもそれ以外の道はあったのだろうか、と思えてなりません。
青条の蘭
めちゃくちゃ号泣した回です😢😢😢
大河ドラマみたいな群像劇というか、これこそ民の力!!!というストーリーでした。
山毛欅に未知の病が流行り、あっという間に山の中に広がってしまった北部。
民衆たちは病にかかって変異してしまった山毛欅が高く売れると喜びますが、山に詳しい官吏・包荒はいちはやく脅威だと気が付き、幼なじみの役人・標仲に相談します。
しかし、本格的に脅威だと認識したときにはもう遅く、山毛欅が実をつけなくなったことで熊や鼠が人里を荒らし、山毛欅の根が枯れたことで雪解けの季節、土砂崩れが里を襲う……。
標仲と包荒、そして浮民である興慶は治療薬を探し当て、国にそれを量産するよう求めるが、王に届く前に握り潰され、妨害されてしまう。
標仲は役人としての責務を果たすべく、命に代えても王の元に薬を届けようと、旅立つが……というストーリーです!
標仲の、「民の税によって生かされているのだから、その分民に返さなくてはならない」という強い義務感はもちろん、その薬の重要性を全く理解していない民たちまでもが、熱意を伝染させることによって着々と薬を王宮にまで届けるシーンが本当に泣けました。
短編なのに、本当にひとつの大河ドラマを見終わった分の感動が味わえます。
風信
景国のひとりの少女の物語です!
予王が発布した女性追放の法律によって、家族を皆殺しにされ、里を焼かれ、逃げる途中で友人も喪った少女・蓮花。
国境を超える寸前で予王崩御の報せが入り、その里の暦を作っている人々の元で下働きをして暮らします。
最初は自分が仕えている役人である嘉慶・清白・支僑・酔臥が何をしているのか分からなかった蓮花だが、段々と仕事を手伝うようになり……。
しかし、軍隊が攻めてきても逃げたり里を守ったりするよりも暦を優先してしまう4人に苛立ち、その意義を疑ってしまう蓮花。
そんな蓮花が、暦を作るとは民の生活を守ることであると理解するまでが描かれます。
これもすごく大河っぽいストーリーでした。
以前杉田玄白が『解体新書』を訳すまでのドラマを見ていましたが、同じように知識を追求することによって民の暮らしを支える人たちの物語特有のおもしろさがあります。
なぜ国の一大事に暦ばかり作っているのか、という蓮花の問に対し、
けれど、暦は必要です。こんな時代だから必要なんです。それだけは疑いがない。誰かが暦を作らないといけない。だからそれしかできない私たちがやるんです
と答える支僑たちの覚悟は、こういう人たちによって暮らしは支えられ、進化してきたんだと実感させてくれる力がありました。
同じ出来事を、色々な視点から見てみる
1巻や4巻で読んだ、陽子即位までの物語。
同じ出来事でも、違う視点から見れば全く違う意味を持っているのだということが『丕緒の鳥』を読んでいてわかりました。
王の側からは一大事でも、民の生活はそれまでから継続してあるものだったり、そんなことがわかっておもしろかったです!
まだまた陽子がつくる国や、十二国記の世界を見てみたいので、どんどん続きを読んでいきます✨
次回もどうぞ、よろしくお願いいたします!

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